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【当ブログ管理人からのお知らせ】


誰にでもパソコン」は、日頃パソコンを御使いの中でのちょっとしたお困り事を解決する、訪問型パソコンサービス  です。

 東京都(伊豆七島は除く)及び神奈川県をサービスエリアとして、御指定の場所に御伺いし、以下の3つのサービス  でパソコンのお困り事にお応えします。

 サービス1<パソコン設定サービス>
 パソコンの初期化やインターネットの接続、プリンターの接続など、面倒で手間が掛かる作業を行います。

 サービス2<ピンポイントレクチャー>
 ”こんな事だけ知りたい”と言うピンポイントな御要望についてレクチャー致します。
<一例>
パソコンについてここだけを知りたい
ワード・エクセルは使った事が無いが簡単な文書や集計表を作る方法だけを知りたい
デジカメ写真をDVDに保存する方法を知りたい」

 サービス3<訪問パソコンレッスン>
 パソコンやワード、エクセル、パワーポイント、アクセス等についてマンツーマンでレクチャー致します。

 パソコン教室の様に授業回数や期限は設けず、御納得頂けるまで対応致します。


 パソコン教室、カルチャースクールでパソコン講師を務めた経験のある当ブログ管理人が、御客様の元へお伺いし、  上記3つのサービスでパソコンのお困り事を解決致します。
サービスエリアは、東京(伊豆七島を除く)・神奈川です!

誰にでもパソコン」の詳細は、こちらのホームページを御覧下さい。
(当ブログ管理人プロフィールも掲載しております)



【パソコン/IT豆知識】:姿を消して行ったパソコンたち

前回は、現在販売されている色々なタイプのパソコンについてお話ししました。

しかし何れかのタイプのパソコンは、時の経過に伴い姿を消して行くのかもしれません。

事実、鳴り物入りで登場したものの、その時代には受け入れられなかったり、その後登場する新しいタイプのパソコンの登場により淘汰され、消えて行ったパソコンは色々とあるのです。

そこで今回は、時の流れと共に姿を消して行ったパソコンについてお話しします。

それでは続きをどうぞ!
【栄枯盛衰の歴史の彼方に消えて行ったパソコンたち】

ネットブック・パソコン

10年程前にパソコン雑誌を賑わし、世間の注目を集めていたものの、知らない間に姿を消したパソコンが「ネットブック」パソコンです。

ネットブックパソコンは、外出先や客先、喫茶店など、主に外で使う事を想定して開発された小型・軽量パソコンです。

見た目にはノートパソコンと変わりませんが、以下の点で異なります。

ディスプレイのサイズが5インチから13インチ程度と小さめです。

処理能力は低いが、消費電力が低い「Atom(アトム)」と言うCPUが搭載されています。

CD/DVD/BDドライブ等の光学ドライブやハードディスクを搭載していません。

パソコン本体の価格が5万円~10万円程度の低価格です。

光学ドライブやハードディスクを搭載しない理由は、これらを動かす為のモーターの消費電力を無くす事で内蔵バッテリーの消費を抑え、パソコン本体を薄くて軽くする為です。

ファイルの保存は、ハードディスクを持たない為に「ネットストレージ」と言うインターネット上にファイルを保存するサービスを利用します。

ネットストレージにファイルを保存すれば、万一パソコンを紛失したり、盗難に遭ってもデータが漏えいするリスクは無く、更に他の端末でも、どこからでもネットストレージに保存したファイルを利用出来る為、セキュリティーと利便性も確保したパソコン利用が可能になります。

この様に外でパソコンやインターネットを利用するのに適したパソコンとして登場したのですが、当時は「ノマド」(下記参照)と言うスタイルの働き方が今ほど定着して無く、ノマドを採用していた企業も極一部であった事と、その後スマートフォンやタブレット端末など、ネットブックよりも使い勝手が良い端末の登場により、いつしかパソコン市場から姿を消してしまいました。

【ノマド】
職場に自分専用の席を持たず、その日の業務終わりに客先や喫茶店などから報告書や関連書類をメールやネットストレージに送り、職場に寄らずに直帰する働き方。

又は特定の企業に属さず、企業から業務の委託を受け、業務の報告や成果物などをメールやネットストレージに送る働き方。

ネットブック


横置き型デスクトップパソコン

1980年代のパソコン黎明期に登場した初期のパソコンと言えば、「横置きタイプのデスクトップパソコン」でした。

本体は幅広の四角い形をしていた為に、本体の上にディスプレイを設置すると言うスタイルでした。

そのディスプレイは今の様な液晶では無くブラウン管式だった為に重くて奥行きがあり、その上かなりの熱を放出するしろものでした。

横置きデスクトップパソコンは本体とディスプレイを併せるとかなりの重量が有り、設置場所もそれなりに必要とするものでした。

しかしその分パソコンの存在感は大きく、パソコンを所有していると言う実感を感じさせてくれました。

また、NECの「PC-9801シリーズ」と言うパソコンは「国民機」と言われる程に当時の国内パソコン市場を独占していた為に、黎明期にパソコンに触れた方は横置き型デスクトップパソコンのPC-9801シリーズを思い出す方も多いのでは無いでしょうか?

因みに私が最初に使ったパソコンも横置き型デスクトップのPC-9801シリーズでした。

デスクトップパソコン


ラップトップ・パソコン

ノートパソコンの前に登場したのが「ラップトップ・パソコン」です。

ラップトップとは「膝の上」と言う意味で、その名の通り膝の上に乗せて使う小型・軽量パソコンで、ノートパソコンの御先祖様パソコンです。

見た目はノートパソコンの様ですが、小型・軽量とは言え6Kg程の重量があり、ディスプレイは6インチ程しか無く、現在のノートパソコンとは比較にならない程に重く、分厚いパソコンでした。

また外観は昔のワープロ専用機の様にディスプレイのヒンジ(ちょうつがい)が本体の後ろから1/4位の位置にあり、本体の厚みが今のノートパソコンの1.5倍程ありました。

この事から、現在のノートパソコンの様に自由に持ち歩いて使うには不便なパソコンでした。

しかし、当時としては小型・軽量で画期的なパソコンだったのです。

さて、ラップトップパソコンは膝の上に乗せて使いますが、「マウスは使えるの?」と疑問に思う方も居るかもしれませんね!

この当時のパソコンに搭載されていたOSは「MS-DOS(エムエスドス)」と言うOSで、未だWindows OSではありませんでした。

その為、パソコン画面上にはアイコンやボタン等は表示されず、文字が並んだメニューが殆どだったので、パソコンの操作は矢印キーやエンターキーで操作していたのです。

ラップトップ


ハンドヘルド・コンピューター

ラップトップ・パソコンの前に登場したのが「ハンドヘルド・コンピューター」です。

ハンドヘルドとは「片手で持てる」と言う意味で、持ち運びが出来るコンピュータと言うのが最大の特徴です。

大きさは幅が30cm、奥行きが20cm、高さが6cm程の横長の本体にキーボードと液晶パネルが付いていました。

液晶パネルと言っても下のイラストの様に小さなサイズで、1行が40文字程で8行位までしが表示出来ません。

えっ!これで何が出来るの?」と思われるかもしれませんね。

ハンドヘルドコンピュータ内部にはワープロと表計算ソフトが入っており、また、バーコードリーダーやプリンター、フロッピーディスクを外付け出来る接続口を持っていました。

その為、ビジネスで使われる事が多く、個人での利用は殆どありませんでした。

また、「BASIC(ベーシック)」と言うコンピュータ言語を内蔵していた為に、自作のプログラムを作って、ハンドヘルド・コンピュータ上で動かすと言う使われ方もしました。

この様にハンドヘルド・コンピューターは用途が限られていた事と、ディスプレイに表示出来る内容が少ない為に、ラップトップ・パソコンの登場と共に姿を消して行きました。

ハンドヘルド



メーカーオリジナル規格のパソコン

Windowsパソコンが登場する以前、国内で販売されていたパソコンが、「メーカーオリジナル規格のパソコン」です。

Windowsパソコンは、ソフトや周辺機器がWindows対応であれば、どのメーカーのパソコンでも接続して使う事が出来ます。

この事は一見すると極当たり前の様に思えますが、これが可能なのは、どのメーカーのWindowsパソコンもIBM社の「PC/AT(ピーシー・エーティー)」と言うパソコンの規格で作られている為なのです。

そして、WindowsパソコンはPC/ATパソコンの互換(クローン)パソコンなのです。

メーカーオリジナル規格のパソコンの頃は、ソフトや周辺機器は特定のメーカーのパソコン専用と言う大変に不便な時代でした。

しかしこの事はメーカー側にとっては大事な事なのでした。

それは、自社のパソコンを導入して貰えれば、必然的にソフトも周辺機器も自社のパソコンに対応する製品を使って貰う事になり、導入したソフトや周辺機器を無駄にしない為に、他社のパソコンに乗り換えられる事は無い訳です。

こうして国内のパソコンメーカー各社は1%でも多くパソコン市場を獲得しようとしのぎを削っていたのですが、対応するソフトウェアの流通量の多さで群を抜いていたNECのPC-9801パソコンが、当時の国内パソコン市場の殆どを独占していました。

しかし他のメーカーでも、パソコンの歴史に残る以下の様な名機を販売し、一定数のユーザーを抱えていました。

・SHARP:X68000、MZシリーズ、メビウス
・富士通:FM7、FM77シリーズ
・東芝:Dynabookシリーズ
・SONY:SMC70、SMC777
・APPLE:Macintosh(マッキントッシュ)

Apple
APPLEは昔から独自路線を貫いており、「マッキントッシュ」と言うブランドを確立しています。

この様に各社オリジナル規格のパソコンで市場を争っていましたが、1990年初頭に登場したIBM-PC/AT互換機パソコンにより、メーカー各社はオリジナル規格のパソコンをやめ、IBM-PC/AT互換パソコンを販売する様になりました。

そして、パソコン市場を牛耳っていたNECもこの流れに抗う事は出来ず、製品名こそPC-9801のままでしたが、中身はIBM-PC/AT互換パソコンとして販売する事になり、パソコン市場を独占していた時代の終焉を迎える事になったのです。

参考記事
メーカーオリジナル規格パソコンの終焉の歴史については、以下の2つのお話しの記事を御覧下さい。
Windowsパソコンのルーツへタイムスリップ! (前半)
Windowsパソコンのルーツへタイムスリップ! (後半)

メーカー毎に規格が違うパソコン



MSX(エムエスエックス)パソコン

パソコンメーカー各社がオリジナル規格のパソコンで国内パソコン市場を取り合っていた1980年代初頭、国内の家電メーカー各社が一致団結してパソコン市場に参入すべく企画されたパソコンが「MSX(エムエスエックス)」パソコンでした。

MSXパソコンは、本体にキーボードやカセットの差し込み口、フロッピーディスクドライブなどが付いており、テレビに接続して使用するユニークなスタイルのパソコンです。

市販のソフトは、ファミコンの様なカセット又はフロッピーディスクで供給されていました。

専用のディスプレイを必要としない分、家庭で誰もが手軽にパソコンを使えると言うメリットがありますが、如何にも家電メーカーらしい発想ではないでしょうか?

MSXパソコンの主なターゲットはビジネスでは無くホビー向けで、以下の様な用途に使われました。

市販のゲームソフトを遊ぶ。
内蔵されたBASIC言語でプログラムを作る。
パソコン通信(下記参照)を利用する。

【パソコン通信】
インターネット以前に登場し、パソコン通信会社の会員同士が利用出来る、閉じたネットワークです。
(2006年に終了)
パソコン通信では掲示板やチャット、Eメール、ニュースグループ等が利用出来ました。

MSXパソコンが登場した1983年(昭和58年)は、奇しくもファミコンが登場した年でもあったのです。

その為、当初はファミコンによりMSXの販売に影響が出るのではと懸念されましたが、出始めのファミコン本体は非常に入手困難な状況が続いた為、この年の年末商戦ではMSXが予想外に売上を伸ばし、思わぬMSXパソコン特需となりました。

しかしこの事が逆に、「MSXパソコンはゲーム機」と言う位置付けを確立してしまったのも事実です。

そんなMSXパソコンですが、ゲーム機としての用途だけで無く、日常生活で実用的に活用する為に以下の様なソフトや周辺機器も販売されていたのです。

ワープロソフト
MIDI音源対応 作曲ソフト
MIDI音源接続インターフェース
感熱式プリンター
カセットテープ式データ記憶装置
フロッピーディスクドライブ
パソコン通信用モデム

更にMSXパソコンに内蔵されていた「BASIC(ベーシック)」と言うコンピュータ言語によりプログラムを作り、専門誌に投稿する様な人も居て、MSXパソコンは色々な面で活用もされていたのです。

私もMSXパソコンで文書作成や年賀状作成をしたり、MIDI音源を自動演奏して楽しんでいました。

MSXはその後、機能と性能を向上する度に名称が「MSX2」→「MSX2+」→「MSX Turbo R」と変わって行きました。

しかし、ゲーム機と言う印象を払拭する事は出来ず、またファミコンが入手し易くなり、人気ゲームタイトルのファミコン・ソフトが次々と発売されて行くに従いMSXパソコンの需要は徐々に衰退し、パソコン市場から姿を消して行きました。

下の画像は、私が昔使っていたパナソニック製のMSX2+パソコンとフロッピーディスク形式の市販ソフトです。

IMG_0066(リサイズ後)


ホビーパソコン

MSXパソコンが登場する以前の1970年代末から1980年代初頭にかけて子供向けの「ホビー・パソコン」と言うジャンルのパソコンが、以下の様に様々な玩具メーカーや家電メーカーなどから発売されました。

外見はMSXパソコンの様に本体とキーボードが一体化し、テレビに接続して使用するタイプのパソコンでした。
専用ディスプレイに接続する機種もありました。

・トミー(現・タカラトミー):ぴゅー太
・タカラ:M5
・バンダイ:RX-78
・NEC:PC-6001(愛称:パピコン)、PC-8001、PC-8801
・東芝:パソピア
・セガ・エンタープライゼス:SC-3000
・カシオ:PV-2000
・日立製作所:ベーシックマスター
・松下通信工業:JR-100、JR-200、JR-300、JR-800
・任天堂:ファミリーベーシック(ファミコンに接続するキーボードとベーシック言語カセット)
MSXパソコンもホビー・パソコンと言っても過言ではありませんが、登場した系譜が別な為、今回のお話しではホビー・パソコンとは区別しています。

ホビー向けとは言え、中身は立派なパソコンであった為、当時の価格で3万円~9万円もしました。

ホビーパソコンの主な用途は市販されているゲームソフトを遊ぶ事でした。

しかし、BASIC言語を搭載した立派なコンピュータでもあり、それまでは個人向けのコンピュータと言う物は存在しなかった為に、子供達はBASIC言語でオリジナルのプログラムを作る事に夢中になり、作ったプログラムを専門誌に投稿していました。

初めて触れたパソコン
私が初めてパソコに触れたのは1982年(昭和57年)頃で、上記に記しました松下通信工業のJR-100でした。

このパソコンでBASICを学んだり、専門誌に読者が投稿したゲームプログラムを打ち込んで遊んだりしていました。

ホビーパソコン(再調整)

現在、パソコンと言えばノートパソコンが主流の時代ですが、ここに至るまでには様々なタイプのパソコンが現れては消えると言う栄枯盛衰の歴史を繰り返して来たのです。

そして、今後も新しいタイプのパソコンが登場し、現在あるパソコンの何れかが姿を消して行くのかもしれませんね。

話しは変わって、2020年から小学校ではプログラミング授業が義務化され、プログラミングに興味を示す子供達も居る様ですが、今回のお話しの中で記した様に、1980年代初頭のパソコン黎明期にパソコンユーザーは、内蔵されていたBASIC言語でプログラムを自作していたのです。

特にパソコンを自在に操れる子供達は、パソコンが「マイコン」と呼ばれていた事から「マイコン少年」と呼ばれ、ゲームをメインとしたBASICプログラムを自作しては専門誌に投稿していていたのです。

この辺りのお話しはまた別の機会に致しますが、パソコンが世間に普及する遥か十数年前のパソコン黎明期に、子供達の間ではプログラミング文化が花開いていたのです。

さて次回は、パソコンが今の様に本格的に普及する以前に登場し、時代の流れと共に姿を消して行ったデジタル端末についてお話しします。

お楽しみに!
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[ 2018/11/18 15:07 ] パソコン/IT豆知識 | TB(0) | CM(0)

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