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【当ブログ管理人からのお知らせ】


誰にでもパソコン」は、日頃パソコンを御使いの中でのちょっとしたお困り事を解決する、訪問型パソコンサービス  です。

パソコン教室、カルチャースクールでパソコン講師を務めた経験のある当ブログ管理人が御客様の元へ御伺いし、以下の3つのサービスでパソコンのお困り事にお応えします。

サービスエリアは、東京都(伊豆七島は除く)及び神奈川県です。

 サービス1<パソコン設定サービス>
 パソコンの初期化やインターネットの接続、プリンターの接続など、面倒で手間が掛かる作業を行います。

 サービス2<ピンポイントレクチャー>
 ”こんな事だけ知りたい”と言うピンポイントな御要望についてレクチャー致します。
<一例>
パソコンについてここだけを知りたい
ワード・エクセルは使った事が無いが簡単な文書や集計表を作る方法だけを知りたい
デジカメ写真をDVDに保存する方法を知りたい」

 サービス3<訪問パソコンレッスン>
 パソコンやワード、エクセル、パワーポイント、アクセス等についてマンツーマンでレクチャー致します。

 パソコン教室の様に授業回数や期限は設けず、御納得頂けるまで対応致します。


誰にでもパソコン」の詳細は、こちらのWebサイトを御覧下さい。
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御問い合わせ先は以下の通りです!

・御問い合わせ電話:070-4819-3682(荒井 迄)
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【パソコン/IT豆知識】:姿を消して行ったデジタル端末たち

前回は、姿を消して行った色々なタイプのパソコンについてお話しをしましたが、実はパソコンとは別に、色々なデジタル端末も過去には登場し、そして消えて行った歴史があるのです。

パソコンやインターネットが世代を問わず普及する様になった「デジタル社会の夜明け」を迎えたのは2001年頃からでした。

そんなデジタル社会の夜明け前から、デジタル技術に対して秘めた可能性を感じていた一部のメーカーからは、当時としては最先端のデジタル端末が色々と登場していました。

そして、それらデジタル端末は一部の新し物好きの人々の間で持てはやされたものの、その後、携帯電話やパソコンが普及するに連れて需要が衰退し、姿を消してしまいました。

今回はデジタル社会の夜明け前に彗星の如く現れながらも、時代の流れと共に消えて行ったデジタル端末についてお話しします。

それでは続きをどうぞ!
【一世を風靡し、消えて行ったデジタル端末たち】

電子手帳

パソコン黎明期の1980年代中頃、「電子手帳」と言うポケット手帳サイズの情報端末が登場しました。

電子手帳には以下の様な機能が搭載され、必要な情報の登録や管理、閲覧がいつでも、どこでも出来ました。

電卓
住所録
電話帳
メモ帳
鉄道乗換案内
簡易ゲーム

外見は電卓の様な姿で、スーツの胸ポケットに入る小型サイズだった事から、主にビジネスマンに受け入れられました。

しかし、入力したデータを他の電子手帳やパソコン等と交換したり、バックアップしたりする方法が無かったり、その後登場する携帯電話に住所録や電話帳の機能が搭載され、更にこの後お話ししますPDAと言う端末の登場により需要が衰退し、姿を消して行きました。

電子手帳


欄外コラム:その1
私が社会人だった頃、上司が電子手帳を使い始め、御客様の住所や電話番号、仕事の予定などを嬉々として入力
していましたが、「もし、電子手帳が壊れてデータが取り出せなくなったらどうするんだろう?」と言う気持ちで、その光景を眺めていた記憶があります。



PDA

電子手帳が衰退した後の1990年初頭に登場したのが「PDA」と言う情報端末です。

PDAとは「Personal Data Assistant」の略称で、日本語では「個人用携帯情報端末」と呼ばれます。

PDAは電子手帳が持つ機能に加え、以下の様な機能が搭載されていました。
機種により、搭載されて無い機能もあります。

スケジュール管理
ToDo管理(やる事リスト)
電子辞書
カメラ
写真の表示
動画の再生
音声の再生
ネット接続機能
スタイラスペンによる文字入力

どれも今では携帯電話やスマートフォンが持っている機能ばかりですが、パソコンはおろか、携帯電話すら普及して無かったこの当時、スーツの胸ポケットに収まるPDAは多くのビジネスマンに受け入れられました。

更にPDAは他のPDAやパソコンとの間でデータ交換やバックアップなどが出来たり、パソコン通信やインターネットに接続出来る等、電子手帳よりも更に進化した機能を持った携帯情報端末でした。

PDAは日本国内でも色々なメーカーから販売されましたが、特にシャープの「ザウルス」と言うPDAはビジネスマンから大きな支持を受け、「PDAと言えばザウルス」と言っても過言ではない程に普及しました。

また、エンジニアや工学系の学生の間では、ヒューレットパッカード(HP)社の「HP200LX」と言うPDAが人気でした。

HP200LXには熱心なユーザーが多く存在しました。

その理由はHP200LXの前身である「HP100LX」が日本語入力に対応して無かった事から、有志のユーザー達が日本語化のソフトを開発し、パソコン通信を通じて配布する等、ユーザー同士の活動が活発にやり取りされ、一つのコミュニティーが形成されていた為です。

この事を示すエピソードとして、HP200LXが1999年に製造中止を発表した際に、ユーザー達から製造中止の反対運動が起きたと言う出来事がありました。

HP200LXがそれほどまでに人気を誇っていた理由は色々ありますが、一番の理由はプログラミングが出来る事でした。

プログラムを作る楽しみと、そのプログラムをHP200LX上で使うと言う実用性、そして自作のプログラムを公開して多くのユーザーに使って貰える喜び、更にプログラミングの学習にも活かせる利便性。

これらがエンジニアや工学系の若者達の琴線に触れたのだと思います。

また、パソコンで作ったプログラムをHP200LX上で動かす事が出来たのも、人気を誇った要因の一つと言えるでしょう。

PDA


欄外コラム:その2
当時、ザウルスはパソコン雑誌だけで無く、男性向けアイテム雑誌に取り上げられたり、俳優の橋爪 功さんが
イメージキャラのテレビCMも流され、「出来るビジネスマンの必須アイテム」と言う印象を全面に押し出して
いた記憶があります。



ポケット・コンピューター

1980年代のパソコン黎明期に「ポケット・コンピューター」と言う携帯コンピュータが登場しました。

ポケット・コンピューターのサイズは、概ね幅が20cm、奥行きが10cm、高さが2cmしか無く、その名の通りポケットに入れて持ち運びが出来るコンピューターです。

黎明期のパソコンには「BASIC」と言うコンピュータ言語が搭載されていましたが、ポケット・コンピュータにもBASIC言語が搭載されており、プログラムを作る事が出来ました。

この当時、パソコンは当時の価格で30万円~40万円と高価だったのに対し、ポケット・コンピュータは2万円弱とリーズナブルな価格であった為に、パソコンには手を出せないけどコンピュータに興味がある人々に受け入れられ、「ポケコン」と言う愛称で親しまれました。

ポケット・コンピュータの主な用途は、以下の通りです。

個人や学校でのBASIC言語のプログラミング学習。

産業や工業に従事する技術者が現場で必要とする特殊な数式の計算。

上記の様な用途である事からポケットコンピュータは学生やエンジニア、学校など、幅広いユーザーに広まりました。

また、作ったプログラムを専門誌に投稿し、読者が自分のポケット・コンピュータにプログラムを入力して動かすと言う事も行われていました。

ポケット・コンピュータは、シャープやカシオ、東芝などのメーカーから様々な機種が発売され、中には工業系学校向けと言う、一般販売されなかった機種も発売されました。

更に、ポケット・コンピュータに接続する為に、以下の様な周辺機器も発売されました。

熱転写プリンター
データレコーダ欄外コラムその3 参照
フロッピーディスクドライブ
増設メモリ
RS-232Cインターフェース欄外コラムその3 参照
プロッタプリンター(製図作成機)

以上の様にポケット・コンピュータは、豊富な機種と周辺機器が登場し、エンジニアや工学系の学校では一定の支持を得ましたが、PDAの登場やノートパソコンの普及に伴い、徐々に姿を消して行きました。

ポケコン


欄外コラム:その3
【データレコーダーとは?】

黎明期の一部のパソコンやデジタル端末では、本体にあるデータをフロッピーディスクに保存するのでは無く、
カセットテープに保存する方法が取られていました。

上記の「データレコーダ」とは、データをカセットテープに保存する為のカセットレコーダーです。

因みに黎明期のパソコンには、未だハードディスクは搭載されて無く、フロッピーディスクドライブでした。


【RS-232Cとは?】

USB端子が登場する以前のパソコンやデジタル端末には、接続する周辺機器毎に異なる接続端子が搭載され、
更に接続ケーブルも周辺機器毎に異なっていました。

上記に記しました「RS-232C(アール・エス・にいさんにい・シー)」も接続端子の一つで、パソコンでは主にプリンターやスキャナー、モデムを接続する為に使われていました。



ワープロ専用機

今ではワードで文書を作り、プリンターで印刷すれば誰でも見栄えの良い文書を作る事が出来ますが、パソコンが登場する以前は「ワープロ専用機」と言う機械で文書を入力し、印刷をしていました。

初期のワープロ専用機は数行しか表示出来ない液晶が付いたタイプでしたが、その後、下のイラストの様に大きなディスプレイが付いたタイプが登場しました。

印刷は本体に内蔵された「熱転写プリンター」で行っていました。

熱転写プリンターは、熱に反応すると黒くなる薬品が塗布された「感熱紙」と言う用紙を使い、プリンターのヘッドが発熱して用紙に文字を印刷するプリンターです。

今ではパソコン用プリンターでは使われなくなりましたが、ファックスやレジのレシートの印字に使われています。

ワープロ専用機は当時、以下の様に様々なメーカーから販売されていました。

この事からもワープロが如何にこの時代に大きく普及していたかが分かります。

富士通:OASYS
シャープ:書院
NEC:文豪
東芝:ルポ
キャノン:キャノワード
パナソニック:パナワード
カシオ計算機:カシオワード
三洋電機:サンワード
日立製作所:ワードパル
JDL:文作
ソニー:ヒットビットワード
ブラザー工業:ピコワード
セイコーエプソン:ワードバンク
ミノルタ:ワープロエース
リコー:マイリポート
冲電気:レターメイト
ぺんてる:レタコン
横川電機:ワーディックス

データ引用元:Wikipedia「ワードプロセッサ」~ワープロ専用機の主な機種~より
引用URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/ワードプロセッサ

それにしても「文書作成」と言う限定した機能しか無く、しかも価格も決して安くは無かったにも関わらず、ビジネスから一般庶民にまで広く普及した事は、今から考えてみれば驚異的な事と言えるのではないでしょうか?

そんなワープロ専用機も1998年にWindows98搭載パソコンが登場した事で、「文書作成の機能しか無い」と言う特徴が逆に仇となり、徐々に衰退の道を歩み始め、2000年を迎える頃には、ほぼ姿を消してしまいました。

しかし意外にも、ワープロ専用機が未だに現役で活躍している場があるのです。

それは物書きの世界。

昔からワープロ専用機で原稿を書いている作家の方の中には、今でもワープロ専用機で原稿を書く事に拘っている方がおり、ワープロ専用機が現役で活躍している様です。

ワープロ専用機

欄外コラム:その4
私が社会人になった当時、ワープロの印字品質は粗かった為、見積書などの社外向け文書は手書きが原則で、
ワープロで作成する事はNGでした。

しかし、その後パソコンが登場し、アウトラインフォントによる綺麗な印字が可能になると、社外向け文書を
手書きで作成する事はNGとなり、ワープロソフトで作る事が当たり前の様になりました。

誰もがデジタル機器による恩恵を享受し、利便性を実感出来る現在のデジタル社会とは異なり、今回お話ししましたデジタル端末が登場した時代は、そうでは無い「デジタル社会の夜明け前」だった為に、殆どの人は当時現れたデジタル端末には感心や興味を示す事も無く、新し物好きの一部の人達だけが先見性を見出し、興味を引かれ、デジタル端末による恩恵や利便性を享受出来たに過ぎず、普及する事はありませんでした。

その結果、これらのデジタル端末は、その後現れる携帯電話やパソコンの出現により消えて行きましたが、この時代は言わば「デジタル端末が社会や日常生活に如何に貢献出来るか?をメーカー各社が模索した実験の時代」であり、この時代があったからこそ、今日のデジタル社会が存在していると言っても過言では無く、正にこの時代が今日のデジタル社会の礎を築いたと言えるのだと思います。
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[ 2018/12/07 15:30 ] パソコン/IT豆知識 | TB(0) | CM(0)

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